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最近思うこと

職場の先輩が、
「はたと気づいたら自分には趣味がなくて、困った」
「自分には何もないじゃんって思って」
と言った。

私からみると、その先輩は、きらきらしてみえるのになあと、思った。

きちんと生きている。
生きていこうとしている。
それだけで立派だと、わたしは思う。
そうじゃない価値観があることもわかる。
そうじゃない価値観が合う人はそうすればいいだけのことで、
私は、生きていこうとしていることが、まず、立派だと思う。

死にたいな、死にたいなと思っている人も同じだ。
死にたいなと思いながらも、1日ちゃんと生きて過ごした、その時間の尊さ。

生きているだけでみんな立派だ。
みんなみんな立派だよ。

テレビで心理学の先生が言ってた。
「まずは他者を信じること。まずは一旦信じて、引き受けてから、ここはちがうかもなあ、ここはあんまり好きじゃないなあと、減点していくのがいいんです。」
「何でも最初から、否定してしまうのではなく、一旦引き受けてみるんです」

それでもいいのか、なんだよかったと思った。
昔の自分は潔癖すぎて、他人に対してひとつでも嫌な感情を持ってしまうことが許せなかった。
翻ってそれは、強烈な自己肯定感の無さでもあって、
他人から自分が、減点されてしまうことが恐ろしかったのだと思う。
だから他人に対しても、嫌だなあと思うことすら、許せなかった。


自分という人間は、いま音楽をしているけれども、
天性の才能や、感性やらとは、無縁の人間だ。
音楽をするために生まれてきたんだ、なんて思えないし(そういうこと思わないとアーティストって言っちゃいけない気がして無理して思ってた時はありました)
今後も多分思わないとおもう。

でも、やっと今、音楽がすきだなあとか、音楽はたのしいなあとか、何の気負いもなく思えている自分がいて、
そういう今の自分は、他人に対して、あいつ嫌なやつだなとか、普通に思って普通に忘れられている。

恐らく私も、誰かからしたら、あの人気持ち悪いな!とか、歌声が無理、とか、思われてるだろうし、

でも世界って、そういうもんだよなあと、思えるようになった。

そういうもんだとしても、世界をまずは引き受けて、信じているから、減点加点を繰り返して、生きて、生きて生きて、最後まで行ける気がしている。


映画が好きだとか、買い物が好きだとか、料理が好きだとか、他人に価値として認められる何かがないと、価値がないことになっちゃうのって、ほんとうに、人を苦しめている。


音楽をするのだって、音楽をするために生まれてきたんだとか、他人に価値として示せる言葉がないとアーティストじゃないみたいなやつ、本気で音楽やってるのか趣味でやってるのかとかの問いも含めてね、無用に人を苦しめている気がする。


天性の才能がある人はいる。確実にいる。
じゃあそれがないなら、何もないわけじゃあ、ないわいな。


仕事という自分に「できること」があって、今日1日を生きました、自分の人生を自分のからだで生きました。
それが尊くないわけがない。

自分は音楽をするために生まれてきたわけではないかもなあと思うけど、
同じように心のなかで、COLDPLAYにあるはるかの音楽を聴かせたい、そしたら絶対友達になれる!って思うし、

なんか人間て、そういうもんじゃないのかなあと思う。

自分の人生の仕事が、音楽だったらいいなあとは思う。
それを決めるのは自分じゃなくて、なんだか計りようのない、世界の決まりごとみたいなもんなのかもしれない。
だけどいつやめるのかは自分で決めるし、
喜びを見出し続けられるならば、わたしは、音楽をやりたいなあと思う。
それを届けたいなあと思う。


やれることしかやれない。
人生は短い。
足掻いたり、減点したり加点したりしながら、でも結局、やれることしか、やれないようにできてるんだと思う。

でも同じ身体のなかで、日本を飛び出して、世界のトップスターに自分たちの音楽が認められるに違いない!ということを、思えるのが人間だ。


他人に価値として認められるキャッチコピーなんか、その人の尊さとは、無縁なんじゃないかいな。
世界は、うつくしくないこともたくさんあるけど、生きるのをやめちゃうのだけは、やっぱりどう考えても、もったいないよ。


さえぐさ