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よく晴れたあさに


たかだか30分で終わるようなことに。
1ヶ月で120分くらいにしかならないものに。
120分しか、ミュージシャンじゃないのかな?
そんなこと、ないよなあ。
ないよなあ。

ミュージシャンになりたい。
ミュージシャンで、いたい。

馬鹿すぎて涙もでない。

1ヶ月のうち120分しかないその時間は、自意識から解放される。
肩に背中にのしかかる自意識をおろしていい。
自意識をおろして音を鳴らすのがミュージシャンなら、ミュージシャンになりたい。
ミュージシャンが、いい。

自意識っていう荷物をおろしていい場所なんて他にあるのかな?
自意識、自己顕示欲、その渦に巻き込まれて溺れそうな自分がみえる。


あなたと呼べる相手もいない。
きみと呼べる相手もいない。
なぜってそれは自分のことでいっぱいだからでしょう。
自分のことばかり、自己顕示欲がつよいのはどちらだ?
自己顕示欲に絡めとられているのはどちらか。

鉛色の夜の海で溺れているような。
どうして灯台がみえるかわかるか。
ばたばたと振り回す腕は、手は、掴むことができない。
それを、掴むことができない。
半分以上沈んだからだを、前に、前に、泳いでいく。
鉛色の海を。
にぶく夜に光る海を。

いろんなことを、よく、よりよく、捉えることができる人が最強だ。
そんな人には到底なれないまま、
卑屈さはどんどん栄養をすって、
硬く、硬くなっていく。



こんな巨大な自意識を、この荷物を、おろしてもよいのは、ステージのうえだけだ。
この荷物が邪魔で、邪魔で、仕方ない。
生きる力をよろこびを、少しずつ削られていくような気がする。
自分のせいで、自分が、生きるよろこびを失っていくような。
それともこれは、経済的困窮の問題ですか?
屋根のある家で暮らしてるくせに偉そうに。
困窮などと言ったら、バチがあたるよ。


「日曜日」を手放しでよろこべなくなったのは、いつからだろうなあ。

特別だった「日曜日」。
車で朝からお出かけした「日曜日」。
家族5人でお出かけした「日曜日」。
いちばん下の子が生まれるまでは、家族4人でちいさい車に無理やり乗っていたな。
黄緑色の、愛称がPちゃんっていう、車。
冷房がぶっ壊れてて、窓をあけて走る、ちいさいPちゃん。
後部座席に寝転がって、逆さまに空をみるのが好きだった。
うねうねと続く電線をみるのが好きだった。


わたしは、あの頃みたいに、生というものを、ちゃんと信じられるだろうか。
生きる、ということを、それ以上でもそれ以下でもなく、好奇心をもって、受け止められるだろうか。
よく生きて、よく、死ねるだろうか。




よく鳴る体だけ、
美しく重なる和声だけ、
脈をうつリズムだけ、あればいい。
それを見つめることができるのは、
ミュージシャンだけだ。

そしてこれをまた忘れたい。
すっかりきれいに忘れたい。
からっぽになったらよく響く。
からっぽになればなるほどよく響く。
それを支えるのは腹の据わった体だけだ。

さえぐさ